2023年5月11日
『そのころ、弟子の数が増えてきて、ギリシア語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出た。それは、日々の分配のことで、仲間のやもめたちが軽んじられていたからである。そこで、十二人は弟子をすべて呼び集めて言った。「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。それで、兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念することにします。」一同はこの提案に賛成し、信仰と聖霊に満ちている人ステファノと、ほかにフィリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、アンティオキア出身の改宗者ニコラオを選んで、使徒たちの前に立たせた。使徒たちは、祈って彼らの上に手を置いた。こうして、神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った。さて、ステファノは恵みと力に満ち、すばらしい不思議な業としるしを民衆の間で行っていた。ところが、キレネとアレクサンドリアの出身者で、いわゆる「解放された奴隷の会堂」に属する人々、またキリキア州とアジア州出身の人々などのある者たちが立ち上がり、ステファノと議論した。しかし、彼が知恵と“霊”とによって語るので、歯が立たなかった。そこで、彼らは人々を唆して、「わたしたちは、あの男がモーセと神を冒涜する言葉を吐くのを聞いた」と言わせた。また、民衆、長老たち、律法学者たちを扇動して、ステファノを襲って捕らえ、最高法院に引いて行った。そして、偽証人を立てて、次のように訴えさせた。「この男は、この聖なる場所と律法をけなして、一向にやめようとしません。わたしたちは、彼がこう言っているのを聞いています。『あのナザレの人イエスは、この場所を破壊し、モーセが我々に伝えた慣習を変えるだろう。』」最高法院の席に着いていた者は皆、ステファノに注目したが、その顔はさながら天使の顔のように見えた。』
(新共同訳 使徒言行録6章1~15節)
ギリシャ語原文訳で
『さてこれらの日々に、弟子たちが多くなっていったので、ヘブライ語を語る者たちに対してギリシャ語を語る者たちのつぶやきが起こった。なぜなら、自分たちのやもめたちが、日々の奉仕においてなおざりにされていたからである。
それで12人は、弟子たちの群れを呼び寄せて言った、
「私たちが神の言(ロゴス)を放置して食卓に奉仕するには好ましくない。
それで訪ねよ、兄弟たちよ。あなたたちの中から、霊と知恵に満ちていると証しされている7人の男たちを。その彼らを私たちはこの必要の上に任じよう。
それで私たち自身は、祈りと言(ロゴス)の奉仕にひたすら従事しよう。
そしてこの言は、群れのすべての前で喜ばれた。そして彼らは信仰と聖霊に満ちた男であるステパノを選んだ。そしてピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルナメ、そして改宗者であるアンテオケ人ニコラオを。彼らを使徒たちの前に立たせた。そして祈って彼らの上に手を按いた。」』とあります。
「私たちが神の言(ロゴス)を放置して食卓に奉仕するには好ましくない。」とは、十二使徒は、実際問題に処する道を知っており、かつ公平なる心を持っていました。彼らは自己の与えられし最も重要なる天職使命に従わんことを欲したために日々の施済(ほどこし)の問題を掌る事を善しとしなかったのでした。ここに各人の使命の区別があります。彼らは施済そのものを軽視したのではありません。
食卓に奉仕するには、とは、貧者、寡婦等に対する日々の食事の分配など物質的な仕事を指します。現在私たちの家の家事は大切な仕事と感じますが、主キリストから聖霊を受けた十二使徒は、祈りと言(ロゴス)の奉仕、福音の伝道が重要な天職であり使命であったと感じました。
主の信仰は聖霊によりキリスト者の各人に備えられたそれぞれの使命を与えるのだと感じました。
「それで訪ねよ、兄弟たちよ。あなたたちの中から、霊と知恵に満ちていると証しされている7人の男たちを。その彼らを私たちはこの必要の上に任じよう。
(中略)
そしてこの言は、群のすべての前で喜ばれた。そして彼らは信仰と聖霊に満ちた男であるステパノを選んだ。」とありますが、
キリスト者の中からの選択の基準は、「霊と知恵に満ちていると証しされている」とあり、キリストの聖霊に満ちていること、神の知恵に満ちていること、そういう人だと周りの人に証しされている人、ということでした。
「そして彼らは信仰と聖霊に満ちた男であるステパノを選んだ。」と記載されてありますが、その中で最も適した最適な人のステパノも選ばれました。信仰と聖霊に満ちた人であるとありますが、キリストの福音はあつく燃える聖霊の生命に満ちた者により開かれ広まっていくのだと感じました。
「そしてピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルナメ、そして改宗者であるアンテオケ人ニコラオを。彼らを使徒たちの前に立たせた。そして祈って彼らの上に手を按いた。」
そして彼らを十二使徒たちの前に立たせて、祈って彼らの上に按手しました。
新しく福音の任に当たらせるにあたり、十二使徒は、主キリストに祈り、聖霊の生命を受けて、按手して、主キリストの生命と恵みを注いで祝福いたしました。これは按手の儀式というよりも、新しい任を前に主の中にキリストの聖霊の生命を受けて、それを注いで祝福をしたのだと感じました。
ギリシャ語原文で『そして神の言は成長していった。そして弟子たちの数はエルサレムの中で非常に増加していた。また祭司たちの多くの群れが、信仰に聞き従い始めた。さて恵みと力に満ちているステパノは、民の中で奇跡と大きな徴を行なっていた。
しかし、立ち上がった、解放奴隷とクレネ人たちとアレキサンドリア人たち《の会堂》と言われている会堂に属する者たちと、キリキヤとアジア出身の者たちのうちの或る者たちは。ステパノと論争しながら。
しかし彼らは彼(ステパノ)が語っていた知恵と霊に立ち向かうことができなかった。そのとき彼らは《こう》言うように男たちをそそのかした。「彼(ステパノ)がモーセと神に冒涜的な言葉を語っているのを私たちは聞いてしまった」。また彼らは民と長老たちと律法学者たちとを煽動した。すると彼を襲って力づくで捕らえた。そしてサンヘドリンへ連れて行った。
また彼らは《こう》言っている偽りの証人たちを立たせた。
「この人は[この]聖なる場所と律法に敵対する言葉を語るのを止めようとしません。
なぜなら、彼が《こう》言っているのを私たちは聞いてしまったのです。『このナザレ人イエスはこの場所を破壊することになる。そしてモーセが私たちに伝えた慣習を変えることになる』」。
そしてサンヘドリンの中で座っている皆の者たちは、彼に目を注いで、天使の顔のような彼(ステパノ)の顔を見た。』
『そして神の言は成長していった。そして弟子たちの数はエルサレムの中で非常に増加していた。また祭司たちの多くの群れが、信仰に聞き従い始めた。』とありますが、
その後神の福音は成長し拡大していきました。弟子の数も増加し、祭司たちの多くの群れも信仰を受け入れ始めました。
古い宗教もいいかもしれませんが、今までの古い宗教において、変わりのない祭司階級の中における無信仰や種々の軋轢や党派心を目撃して、それに対して聖霊と愛の生命に満ち、奇跡が起こり、恵みに満ちたキリストの福音に対して人々は、使徒たちや信徒たちの生命と恵みに満ちた信仰的生活を見るとき、彼らの中の多くの者はイエスを信じるに至りました。聖霊の満ちるダイナミックな福音は、多くの者たちを魅了したと感じました。
『さて恵みと力に満ちているステパノは、民の中で奇跡と大きな徴を行なっていた。
しかし、立ち上がった、解放奴隷とクレネ人たちとアレキサンドリア人たち《の会堂》と言われている会堂に属する者たちと、キリキヤとアジア出身の者たちのうちの或る者たちは。ステパノと論争しながら。しかし彼らは彼(ステパノ)が語っていた知恵と霊に立ち向かうことができなかった。』
ステパノは、聖霊の恵みと力に満ち、民の中で奇跡と大きな徴を行いました。新しい生命の福音が発するところでは、それに反する動きが出ることを感じます。ステパノは聖霊の恵みと力に満ちていたのでそれに反対する者たちは、ステパノに立ち向かうことはできませんでした。
キリストの聖霊に満ちた人には、反対する多数の人が敵対しても立ち向かうことはできないと感じました。
『彼らは「彼(ステパノ)がモーセと神に冒涜的な言葉を語っているのを私たちは聞いてしまった」。(中略)
すると彼(ステパノ)を襲って力づくで捕らえた。そしてサンヘドリンへ連れて行った。
また彼らは偽りの証人たちを立たせ、
「この人は[この]聖なる場所と律法に敵対する言葉を語るのを止めようとしません。
なぜなら、彼が《こう》言っているのを私たちは聞いてしまったのです。『このナザレ人イエスはこの場所を破壊することになる。そしてモーセが私たちに伝えた慣習を変えることになる』
キリストの宗教に反対する者たちは、偽証をして、ステパノを倒そうとしました。
彼らが言うことをある面でステパノも言っているのですが、しかし、言葉尻をとらえるようにして、ステパノの言葉の一部をとらえて、ステパノの言っていることとは意味の違うことをさもステパノが言ったように見せかけた様にしてステパノを追い落とすために偽証をいたしました。
キリストの弟子の愛なるしもべステパノを追い落とすようなことをするのは悲しいことだと感じました。
『そしてサンヘドリンの中で座っている皆の者たちは、彼に目を注いで、天使の顔のような彼(ステパノ)の顔を見た。』
とあるように、その様なサンヘドリンの中で偽証され大変な中でのステパノは天使の顔のように見えたとあります。聖霊に満ちた人ステパノは、反対派の追い落しを受ける中でも、主の聖き愛と生命に満ちて、愛の光あふれる天使のような顔をしておりました。
キリスト者は、このステパノの様な存在、姿をみ倣うべきではないかと感じました。
キリストは、キリスト者に対して、「会堂や役人、権力者のところに連れていかれたときは、何をどう言い訳しようか、何を言おうかなどと心配してはならない。言うべきことは、聖霊がそのときに教えてくださる。」(ルカ伝12章11~12節)、という様なアドバイスを下さりました。
キリストを信じるキリスト者は、どんな困難な場でも、キリストの中の聖霊が守り、教え導き最善に導いて下さり、キリストの愛なる神の子として歩むことが出来るのだと感じました。
そして主キリストを信じて生きるキリスト者は、それぞれその本人が主の愛の中にある我が本願とする姿の成就を目指して歩んで行ける恵みを頂いていると感じました。
キリスト者ステパノの聖霊の中の愛は素晴らしいと感じました。
この後、ステパノは、多くのユダヤ人にその信仰を誤解されて否定されて、キリストの友のためにその生命を捨て、尊き殉教へと歩んで行きます。
主キリストの中の最善と祝福をお祈りいたします。
(参考文献:ギリシャ語聖書対訳テキスト使徒行伝1(改訂版))