2023年1月12日
『五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」人々は皆驚き、とまどい、「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言った。しかし、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、あざける者もいた。
すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。わたしの言葉に耳を傾けてください。今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが考えているように、酒に酔っているのではありません。そうではなく、これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。
『神は言われる。終わりの時に、
わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、
若者は幻を見、老人は夢を見る。わたしの僕やはしためにも、
そのときには、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。上では、天に不思議な業を、
下では、地に徴を示そう。血と火と立ちこめる煙が、それだ。主の偉大な輝かしい日が来る前に、
太陽は暗くなり、
月は血のように赤くなる。主の名を呼び求める者は皆、救われる。』
『だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼(バプテスマ)を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」
ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、「邪悪なこの時代から救われなさい」と勧めていた。ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼(バプテスマ)を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。』
(新共同訳 使徒言行録2章1~21節、36~42節)
ギリシャ語原文訳で読むと「すると突然、ちょうど天から激しい息吹が運び込まれるような響きが起こった。そして彼らがずっと座っていた家全体を満たした。するとまるで炎のように分けられた舌が彼らに現れた。そして彼らの一人ひとりの上に座った。するとすべての者たちは聖霊に満たされた。そして異なる舌(言語)で語り始めた、ちょうど御霊が彼らに発声させるように。」です。
主キリスト様のお約束で、一同が集まり、祈り続けていた時に、キリストの聖霊が集う一同に降りました。
聴覚に対して、突然、ちょうど天から激しい息吹が運び込まれるような響きが起こり、視覚に対して、まるで炎のように分けられた舌が彼らに現れた、とあります。聖霊は強烈なパワーで祈り集う一人ひとりの上にとどまり満たしました。
そして別の言葉、グローサ、異言状態でありました。
主キリストが弟子たちに熱心に伝えましたが、祈り求めるものに聖霊を降し満たすということでした。この聖霊は、弟子たちをダイナミックに変えて、キリストの愛の福音を世界に広める原動力となりました。
初代教会は、信仰の発展段階に四期あると聞きますが、困難なことも通りましたが、ガリラヤ時代、エルサレムからパレスチナ一帯、アンテオケ教会と続き、エペソを中心とする七つの教会(黙示録1章)の興隆となり、原始キリスト教は信仰的絶頂を極め一応の宗教的完成に達しました。
その信仰の根底にある根本に流れているのが、このキリストによる聖霊にあずかる事だと信じます。
主キリストの聖霊は、主の恵みであり、あつく、聖らかな、すべての御心にかなう願いをかなえ、祝福のともなう生命です。主の御愛に感謝するのみです。
『人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。(中略)彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」人々は皆驚き、とまどい、「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言った。しかし、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、あざける者もいた。
すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。わたしの言葉に耳を傾けてください。今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが考えているように、酒に酔っているのではありません。』とあります。
この物音を聞きつけて集まった人は、聖霊が降って起こったこの不思議な出来事に驚きました。それらの人の中には、新しいぶどう酒に酔っているのだとあざける者もいました。それにたいして弟子の筆頭としてペテロがキリストの証をしました。聖なるキリストの神の聖霊の生命が人間社会の地上へ降る出来事は奇跡的なことです。その恵みや祝福は計り知れない力を内蔵していると感じました。
世界で初めて起こるキリストの恵みによる聖霊降臨は、その場にいたまわりの人々には聖なる恐れと驚きを感じさせていたのだと思いました。
『そうではなく、これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。 「神は言われる。終わりの時に、
わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、
若者は幻を見、老人は夢を見る。わたしの僕やはしためにも、
そのときには、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。上では、天に不思議な業を、
下では、地に徴を示そう。血と火と立ちこめる煙が、それだ。主の偉大な輝かしい日が来る前に、
太陽は暗くなり、
月は血のように赤くなる。主の名を呼び求める者は皆、救われる。」 』とあります。
以前キリストが十字架にかかる前に、3度キリストを否んだ弱きペテロは、キリストの約束の聖霊を受けると、人格一変し、大胆に、生命をもって、キリストの福音を伝える伝道者となりました。その場にいた直弟子たちなども皆聖霊を受けて、キリストの神の愛の大いなる福音を伝える者へと変えられました。
ペテロは聖霊降臨についてヨエル書をひいて、証をしました。聖霊降臨にぴったりの箇所をつかい、あつく、福音を説く人へとの変貌を見ると神の力のすごさをとても感じました。
キリストの福音には聖霊を頂く祈りの求めをし、御霊を受けて、歩むことが大切だととても感じました。
『ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼(バプテスマ)を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。』とあります。
ペテロは、聖霊に満たされつつ、その後にまわりにいた人たちに、キリストがメシアだということと主の福音を大胆に伝え、伝道をしました。
その日に三千人もの人がキリスト者とした伝道が開始され、ペテロをはじめ、その後のパウロやヨハネなどの活躍した初代教会の主キリストの弟子たちの聖霊による愛の生命の福音の大伝道のはじまりとなりました。
使徒言行録を読み始めて、主キリストの福音は、主に祈り、キリストの聖霊を受け、頂き、その主の生命の愛の福音を大切にし、受け入れ、主の生命を頂きつつ信仰生活を歩み、行動をすることがとても大切であるということをはじめに教えられているのではないかと感じました。
日々に主キリストの祈り聖霊の生命を感謝していただきつつ、歩んでいきたいと感じました。
(参考文献:ギリシャ語聖書対訳テキスト使徒行伝1(改訂版)、 ヨハネ書簡講義 上巻)