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 | すべての民族、被造物への恵みの福音



(異邦人に対しても備えられた主の福音)


2023年9月7日


  『 ペトロは、その人々のところへ降りて行って、「あなたがたが探しているのは、このわたしです。どうして、ここへ来られたのですか」と言った。 すると、彼らは言った。「百人隊長のコルネリウスは、正しい人で神を畏れ、すべてのユダヤ人に評判の良い人ですが、あなたを家に招いて話を聞くようにと、聖なる天使からお告げを受けたのです。」 それで、ペトロはその人たちを迎え入れ、泊まらせた。翌日、ペトロはそこをたち、彼らと出かけた。ヤッファの兄弟も何人か一緒に行った。 次の日、一行はカイサリアに到着した。コルネリウスは親類や親しい友人を呼び集めて待っていた。ペトロが来ると、コルネリウスは迎えに出て、足もとにひれ伏して拝んだ。ペトロは彼を起こして言った。「お立ちください。わたしもただの人間です。」そして、話しながら家に入ってみると、大勢の人が集まっていたので、彼らに言った。「あなたがたもご存じのとおり、ユダヤ人が外国人と交際したり、外国人を訪問したりすることは、律法で禁じられています。けれども、神はわたしに、どんな人をも清くない者とか、汚れている者とか言ってはならないと、お示しになりました。それで、お招きを受けたとき、すぐ来たのです。


  お尋ねしますが、なぜ招いてくださったのですか。」すると、コルネリウスが言った。「四日前の今ごろのことです。わたしが家で午後三時の祈りをしていますと、輝く服を着た人がわたしの前に立って、言うのです。『コルネリウス、あなたの祈りは聞き入れられ、あなたの施しは神の前で覚えられた。ヤッファに人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。その人は、海岸にある革なめし職人シモンの家に泊まっている。』それで、早速あなたのところに人を送ったのです。よくおいでくださいました。今わたしたちは皆、主があなたにお命じになったことを残らず聞こうとして、神の前にいるのです。」そこで、ペトロは口を開きこう言った。「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。どんな国の人でも、神を畏れて正しいことを行う人は、神に受け入れられるのです。神がイエス・キリストによって――この方こそ、すべての人の主です――平和を告げ知らせて、イスラエルの子らに送ってくださった御言葉を、あなたがたはご存じでしょう。ヨハネが洗礼を宣べ伝えた後に、ガリラヤから始まってユダヤ全土に起きた出来事です。 つまり、ナザレのイエスのことです。神は、聖霊と力によってこの方を油注がれた者となさいました。イエスは、方々を巡り歩いて人々を助け、悪魔に苦しめられている人たちをすべていやされたのですが、それは、神が御一緒だったからです。わたしたちは、イエスがユダヤ人の住む地方、特にエルサレムでなさったことすべての証人です。人々はイエスを木にかけて殺してしまいましたが、神はこのイエスを三日目に復活させ、人々の前に現してくださいました。しかし、それは民全体に対してではなく、前もって神に選ばれた証人、つまり、イエスが死者の中から復活した後、御一緒に食事をしたわたしたちに対してです。そしてイエスは、御自分が生きている者と死んだ者との審判者として神から定められた者であることを、民に宣べ伝え、力強く証しするようにと、わたしたちにお命じになりました。また預言者も皆、イエスについて、この方を信じる者はだれでもその名によって罪の赦しが受けられる、と証ししています。」


  ペトロがこれらのことをなおも話し続けていると、御言葉を聞いている一同の上に聖霊が降った。割礼を受けている信者で、ペトロと一緒に来た人は皆、聖霊の賜物が異邦人の上にも注がれるのを見て、大いに驚いた。異邦人が異言を話し、また神を賛美しているのを、聞いたからである。そこでペトロは、「わたしたちと同様に聖霊を受けたこの人たちが、水で洗礼を受けるのを、いったいだれが妨げることができますか」と言った。そして、イエス・キリストの名によって洗礼を受けるようにと、その人たちに命じた。それから、コルネリウスたちは、ペトロになお数日滞在するようにと願った。 』


(新共同訳 使徒言行録10章21~48節)


  この個所では、百人隊長のコルネリオがカイザリアで幻を見、ペテロもヤッファで幻を見、ペテロが異邦人伝道に主なる神自らより指し示されて、伝道をしました。そして異邦人にも聖霊が降りました。


  ギリシャ語原文訳で、『それでペテロは降りて行って、男たちに向かって言った。「見よ、この私があなたたちが探している者です。あなたたちがここに来ている理由は何《です》か」。それで彼らは言った、「百卒長コルネリオは義しく、また神を畏れていて、ユダヤの全国民から証しされている男ですが、聖なる御使いによって神託が授けられました、自分の家にあなたを招き寄せ、そしてあなたから言葉を聞くように、と」。それで彼(ペテロ)は、彼らを招き入れて客とした。さて翌日、彼(ペテロ)は立ち上がって彼らと一緒に出て行った。またヨッパからの兄弟たちの何人かも彼に同行した。』とあります。


ペテロは、主からの幻を見て、それは何なのか、疑問に思い、思いめぐらしていた時に、別に主からの幻を見て、主に示されたコルネリオが遣わされた男たちが来ました。ペテロは、ここで主の幻の意味を悟りました。その上で遣わされた男たちに、その明確な目的を問いました。 それに対して、遣わされた男たちは、コルネリオの伝言を『聖なる御使いによって神託が授けられました、自分が家にあなたを招き寄せ、そしてあなたから言葉を聞くように、と』。ペテロに伝えました。
主なる神様自らが天啓をペテロとコルネリオに直接示して異邦人伝道のドラマが開けてきたことを知り、神様の大きな業の力を私は、褒めたたえました。
信仰深いコルネリオであったからこそこのような恵みが訪れたのだと感じました。 『それで彼(ペテロ)は、彼らを招き入れて客とした。さて翌日、彼(ペテロ)は立ち上がって彼らと一緒に出て行った。またヨッパからの兄弟たちの何人かも彼に同行した。』
ペテロは、他国の人と交際したり、他国の人を訪問してはならない、という様なユダヤの律法よりも主なる神の示しを受け入れて、遣わされた男たちを招き入れて客としました。そして翌日コルネリオの家へ向かい出かけました。
ペテロの信仰の兄弟たちは異邦人のもとへ出ていくペテロを心配して同行をしたのかもしれません、何人かの同行者というのは、6人であった様です。


  原文訳で『それで翌日、彼はカイザリヤに入った。それでコルネリオは、自分の親戚とかけがえのない友人たちを招集して、彼らを待ち望んでいた。さてペテロが入って行くことが起こったときに、コルネリオは彼に出会って、足もとに倒れて伏し拝んだ。しかしペテロは彼を起こした、「立ち上がりなさい。私も同じ人間です」と言いながら。』とあります。


  (コルネリオは、信仰あつく、神様からの示しを喜んで、自分だけでなく、主のしもべペテロから主からの言葉を聞くことを、親戚やかけがいのない友人にまで声をかけて、待ち望みました。あつい信仰と主の言葉への期待あるところには大きな恵みが待っているのだと感じました。 百卒長コルネリオは、待ち望んだペテロに対して、足もとに倒れて伏し拝んだとあります。幻に主に直接導かれたペテロが来て神様の恵みの言葉を伝える人と思って、伏し拝んだのだとも感じます。コルネリオの役職上はそれは最適な形ではないようでしたが、『しかしペテロは彼を起こした、「立ち上がりなさい。私も同じ人間です」と言いながら。』と言い、コルネリオが主に祈るのではなく人間崇拝をすることがないように、主なる神への信仰を大切にすることを示したと感じました。


  原文訳で『そして彼(ペテロ)は彼と語り合いながら入って行った。すると多くの集まってきた人たちを見出す。そして彼は彼らに向かって言った。「あなたたち自身がよく知っておられます。ユダヤの男にとって他部族の人の接したり、近寄ったりすることが禁じられているということを。しかし私の神は、誰ひとりをも不浄だとか、汚れているとか言わないように示されました。それゆえに、招かれたときに、私は反論もしないで来ました。それで私はお尋ねします、どんな理由であなたたちは私を招き寄せたのでしょうか」。』


  ペテロは、ユダヤの律法の戒めより、主なる生ける神からの直接の示しを受けて、異邦人のコルネリオのもとへ来たことを説明し、そしてペテロを招き寄せた目的を聞きました。


  そしてコルネリオは、主に示されて海岸にある革なめし職人シモンの家に泊まっているペテロを招き寄せました。


  原文訳でコルネリオは、『それで今、私たちは全員神の前に居ます、主によってあなたに命じられているすべてのことを聞くために」。』と答えました。


  百卒長コルネリオは、神を面前にして、主によりあなたに命じられているすべてを、期待を込めて使徒ペテロの話を待ちました。


  原文訳で『それでペテロは口を開いて言った、「本当に私は分かりました。神様はえこひいきする者ではない。そうではなく、あらゆる民族の中において、彼(神)を畏れつつ、そして義を働いている者は彼に受け入れられる、ということを。言(ロゴス)を彼(神)はイスラエルの子らに送りました。イエス・キリストを通して平安を宣べ伝えながら、この人(イエス・キリスト)こそすべての者たちの主です。」』


  使徒ペテロは、『神様はえこひいきする者ではない。そうではなく、あらゆる民族の中において、彼(神)を畏れつつ、そして義を働いている者は彼に受け入れられる、ということを。』と言われ、主キリストの福音、信仰、主イエス・キリスト御自身は、ユダヤの民族だけのものではないと言われました。
主キリスト様ご自身は、主を信じるあらゆる民族の主、すべての者たちの主だと信じます。


  原文訳で『まだペテロがこれらの言葉を語っている間に、その言(ロゴス)を聞いているすべての者たちの上に、あの聖霊が降った。するとペテロに同行した割礼からの信者たちは魂消てしまった。なぜなら異邦人たちの上にもまた、聖霊の賜物が注がれてしまったからである。というのは、彼らが異言で語っていて、そして神を讃えているのを聞いていたからである。そのとき、ペテロは答えた。「まさか誰が水を拒んで、これらの者たちがバプテスマされないようにできるか。彼らはあの聖霊を受け取った、私たちも《受け取った》ように」。それで彼(ペテロ)は、彼らがイエス・キリストの名においてバプテスマされることを命じた。それから、彼らは彼が数日間さらに留まるように頼んだ。』


  信仰心深く、神の言葉を聞くことを心から望んだコルネリオたちの上に、ペテロがまだ言葉を語っているときに、『その言(ロゴス)を聞いているすべての者たちの上に、あの聖霊が降った。』とあるように、五旬節ペンテコステの時に降ったあの聖霊が、大きな恵みと祝福を伴い降りました。異邦人の上に、下った初めての聖霊という様です。
この奇跡の神の恵みは、今後の異邦人伝道に対して、天で備えられた聖霊降臨の恵みだったと感じました。
生けるキリストの福音のあるところ、信じるキリスト者とともに聖霊もともにいてくださるのだと信じます。


  この個所を読んで感じたことです。
生けるキリストの福音は、ユダヤ人のみのためのものではなく、全世界の民族や人々、弱いものも、病気の者、苦しんでいる者、すべての人々やすべての被造物に対し、開かれた、生けるキリストの聖霊による愛の福音であり、主キリストを信じるすべての人への恵みと祝福の福音だと信じます。


  主を信じるすべての人へ主の恵みのあることを祈り上げます。


  (参考文献:ギリシャ語聖書対訳テキスト使徒行伝2(改訂版))


   





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