2023年11月9日
『そのころ、ヘロデ王は教会のある人々に迫害の手を伸ばし、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。そして、それがユダヤ人に喜ばれるのを見て、更にペトロをも捕らえようとした。それは、除酵祭の時期であった。ヘロデはペトロを捕らえて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。過越祭の後で民衆の前に引き出すつもりであった。こうして、ペトロは牢に入れられていた。教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。ヘロデがペトロを引き出そうとしていた日の前夜、ペトロは二本の鎖でつながれ、二人の兵士の間で眠っていた。番兵たちは戸口で牢を見張っていた。すると、主の天使がそばに立ち、光が牢の中を照らした。天使はペトロのわき腹をつついて起こし、「急いで起き上がりなさい」と言った。すると、鎖が彼の手から外れ落ちた。天使が、「帯を締め、履物を履きなさい」と言ったので、ペトロはそのとおりにした。また天使は、「上着を着て、ついて来なさい」と言った。それで、ペトロは外に出てついて行ったが、天使のしていることが現実のこととは思われなかった。幻を見ているのだと思った。第一、第二の衛兵所を過ぎ、町に通じる鉄の門の所まで来ると、門がひとりでに開いたので、そこを出て、ある通りを進んで行くと、急に天使は離れ去った。ペトロは我に返って言った。「今、初めて本当のことが分かった。主が天使を遣わして、ヘロデの手から、またユダヤ民衆のあらゆるもくろみから、わたしを救い出してくださったのだ。」
こう分かるとペトロは、マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家に行った。そこには、大勢の人が集まって祈っていた。門の戸をたたくと、ロデという女中が取り次ぎに出て来た。ペトロの声だと分かると、喜びのあまり門を開けもしないで家に駆け込み、ペトロが門の前に立っていると告げた。人々は、「あなたは気が変になっているのだ」と言ったが、ロデは、本当だと言い張った。彼らは、「それはペトロを守る天使だろう」と言い出した。しかし、ペトロは戸をたたき続けた。彼らが開けてみると、そこにペトロがいたので非常に驚いた。ペトロは手で制して彼らを静かにさせ、主が牢から連れ出してくださった次第を説明し、「このことをヤコブと兄弟たちに伝えなさい」と言った。そして、そこを出てほかの所へ行った。夜が明けると、兵士たちの間で、ペトロはいったいどうなったのだろうと、大騒ぎになった。ヘロデはペトロを捜しても見つからないので、番兵たちを取り調べたうえで死刑にするように命じ、ユダヤからカイサリアに下って、そこに滞在していた。
』
(新共同訳 使徒言行録12章1~19節)
ギリシャ語原文訳で
『さてその時機の頃、ヘロデ王はエクレシアに属する者たちのうちの幾人かを虐待するために《彼らに》手を掛けた。それで彼(ヘロデ)は、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。』
ヘロデ王とは、ヘロデ大王の孫ヘロデ・アグリッパ1世のことで、パレスチナ全部を支配していました。ユダヤ人とローマ政府に人望を得んとしていた王でありました。そしてユダヤ人の関心などを買うために、その時に、11使徒の首班であったペテロ、ヨハネ、ヤコブのうちのヤコブを剣で殺しました。主なる天の父なる神は、キリストの弟子たちを愛しておりました。ヘロデ王は、ユダヤ人たちの関心を買うなどのために、神に敵対することを知らずに、ヤコブを剣で殺しました。ユダヤ人の関心などを買うために、神の子を殺す暴挙は許されることのない罪だと感じました。
原文訳で『そして彼は、それがユダヤ人たちの意に適っているのを見たので、更にペテロをも捕まえたーーーそれでそれは除酵祭の日々であったーーー そして彼(ペテロ)を捕らえて、彼(ヘロデ)は牢獄に入れた。彼を見張るために、兵士たちの4つの四人組に引き渡して、過ぎ越しの祭りの後に彼を民の前に引き出すことを企てて。それで一方でペテロは牢獄の中で監視されていた。他方では祈りが熱心に起こっていた、エクレシアによって神に向かって彼(ペテロ)について。さてヘロデが彼(ペテロ)を連れ出そうとしていた時に、その夜にペテロは眠っていた、2人の兵士たちの間で2つの鎖に縛られて。また番兵たちは扉の前で牢獄を監視していた。』
ヘロデは、ヤコブを殺したことがユダヤ人の意にかなっているのを見て、過ぎ越しの祭りの後でペテロを民の前に引き出すことを企てて、更にペテロも捕まえました。ペテロが逃げられないように、最強の監視体制で牢獄に閉じ込めました。
エクレシアでは、重大事件だとして神に熱心にペテロが解放されるために祈りがあげられておりました。
危急存亡の時、最悪の問題状況の時にも、キリストのエクレシアには神に対する熱心な祈りにより神に助けを求める祈りがあがりました。
私たちは、キリスト者であり、孤独な一人ではなく、どんな時にも、贖い救い助け給う主イエスキリストの愛なる神様が共にいてくださります。私たちには、どんな地上の権力者より強い主キリスト様の愛と守りと導きがありますことの幸せを感じました。
原文訳で『すると見よ、主の天使がそばに立った。そして光が房の中で輝いた。それで彼はペテロの脇を叩いて《こう》言いながら彼(ペテロ)を起こした。「速やかに立ち上がれ」。すると鎖が彼の両手から外れ落ちた。それで天使が彼に向かって言った。「帯を締めよ、そしてお前のサンダルを履け」。それで彼はそのように行なった。すると彼(天使)が彼に言う、「お前の上着をまとえ、そして私に付いて来い」。すると彼(ペテロ)は出て行って、付いて行きはじめた。しかし彼は識っていなかった、天使を通して起こっていることが現実であるということが。それで幻を見ていると思い込んでいた。そして彼らは第1と第2の衛兵所を通り過ぎて、町に通じている鉄の門のところに来た。それ(門)は彼らのためにひとりでに開かれた。そして外に出て、1つの通路を進んだ。すると直ちに天使が彼(ペテロ)から離れた。するとペテロは《本来の》自分自身になって言った。「今こそ本当に識った、主がご自分の天使を遣わしたこと、そしてヘロデの手とユダヤ人の民のあらゆる期待から私を取り出した、ということを』
使徒ペテロは、普通誰も絶対に逃れられない牢獄へ最強の監視体制でつながれました。キリストのエクレシアにとって最大の困難がふりかかりました。
しかし、キリストのエクレシアの兄弟は、熱心に神の助けを信じて共に祈り続けました。
その時に、人間の力や権力によらない、キリストの神の奇跡の助けが、天使を使わして行われ、奇跡の神の力で、普通は誰も逃れられない牢獄より不思議な神の力で、救われてペテロは解放されました。
『人にはできない事も、神にはできる』(ルカ伝18章27節)というキリストの言葉の実現だと感じました。
人間のどんな強い権力者の力よりも強い神の不思議な奇跡の救いの力が私たちキリストを信じる者たちの上にあることがまことに感謝です。
原文訳で「今こそ本当に識った、主がご自分の天使を遣わしたこと、そしてヘロデの手とユダヤ人の民のあらゆる期待から私を取り出した、ということを』とありますが、ペテロは、「今こそ本当に識った、主がご自分の天使を遣わしたこと」と感じ、主キリストがご自分の天使を直接遣わされたこと、つまり主キリストがご自身の直接の力ある天使を愛する弟子のペテロのために遣わしたように感じまして、主のご愛の深さを感じました。
原文訳で『また彼は《このことに》気づいて、マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家に来た。そこには相当な《数の》人たちが集まっていて、そして祈り続けていた。それで彼(ペテロ)が門の戸を叩いたときに、ロダという名の女中が聞き耳を立てようとして近づいた。そしてペテロの声に気が付いたが、喜びのゆえに門を開けなかった。そして駆け込んで、ペテロが門の前に立っていることを報告した。しかし彼らは彼女に向って言った。「お前は気が狂っている」。しかし彼女は、このようであることを頑強に主張していた。それで彼らは言いはじめた。「それは彼の天使だ」と。しかしペテロは《戸を》叩き続けていた。それで彼らは開いたときに彼を見た。そして魂消た。それで彼(ペテロ)は黙っているように手で[彼らに]合図して、彼らに詳しく話した。どのようにして、主が牢獄の中から自分を連れ出したかを。また彼は《こう》言った、「ヤコブと兄弟たちにこれらのことを報告せよ」。そして彼は出て行って、別の場所へ進んで行った。さて日になったとき、少なくない動揺が兵士たちの間にあった。いったいペテロには何が起こったのか、と。それでヘロデは彼(ペテロ)を捜し求めたが、見出さなかったので、番兵たちを取り調べて連れ出されるように命じた。そしてユダヤからカイザリヤに下って行って、滞在していた。』
ペテロはマルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家に来ましたが、そこでも相当な人数の人が主なるキリストの神様に祈り続けていました。キリストの言われるように互いに愛し合いなさいという愛のいましめを生きておりました。危急存亡の時にエクレシアの兄弟みんなが一つとなり祈り続けるところに奇跡は起こると感じました。
『ロダという名の女中が聞き耳を立てようとして近づいた。そしてペテロが門の前に立っていることを報告した。しかし彼らは彼女に向って言った。「お前は気が狂っている」。』
この個所の「お前は気が狂っている」。という意味は、「お前はどうかしている」。というような意味だそうです。
祈り集まっていた人は厳重な牢獄からペテロは逃げ出せないと感じてロダにこう言いましたが、それの思い込みを逆転して、神の奇跡によりペテロは解放されて、キリストの兄弟姉妹と再会をしました。兄弟はみなその出会いに驚き、魂消ました。神の奇跡は素晴らしく、牢獄の兵士たちには全く気付かれませんでした。
我が神キリストをまことに信じるキリスト者は、この神の天使に救い出されたペテロのように、主キリスト様に愛され守られて歩んでいけます。
私たちは、たとえこの世のどんな権力者の権力の圧力にさいなまれるような場合にも、主キリストを信じて、大きな神の奇跡によってでも私たちを救い助け出し守ることの出来る神様にすがり祈りつつ歩んでいきたいと願います。
主キリストのあなたへの祝福と守りをお祈りいたします。
(参考文献:ギリシャ語聖書対訳テキスト使徒行伝2(改訂版))